面白い取り組みが行われているな、と思いました。2026/6/28付の朝日新聞に「○○先生と呼ばないで」という記事が掲載されていました。
その記事は九州工業大学で教員・職員をお互いを「○○さん」と呼び合うようにしたという試みが紹介しています。学術分野では珍しいと思いますが九州工業大学では職員出身の副学長が就任されています。
学術分野に馴染みがない人にはこれがいかに画期的か分かりにくいでしょう。通常、主要大学や研究機関のトップは教員出身者が占めています。大学・研究機関は教育が主軸にあり、「正しく教え導く人材」がいないと成り立たない、という背景があるからだと個人的には考えています。
私自身、長年学術分野で職員として勤務してます。そこで感じるのはいかに優秀な職員がいようともそれだけで大学や教育機関の評判が上がるわけではないということです。では、優秀な教員をそろれえばそれで良いかと言えばそうでもありません。学術分野における資金調達の難しさ、コンプライアンス、教育における公平さ、等職員と教員がそれぞれの知識、経験を持ち寄らないと解決できない問題は山積みです。ところが、それが「○○先生」と呼ぶだけで意見が言い難くなるのは想像に難くありません。
本来ならば、なんと呼ばれようとお互いがそれぞれを尊重し合っていれば呼び名なんて些細な事なのですが日本の場合、そこが難しいところです。長年「先生」は特別であるという概念の下なされてきた日本の教育。「先生」に対して意見してはいけない、と無意識に思い込んでいる人もいるのではないでしょうか。
呼び名が何であろうが、相手の肩書や年齢、性別、経験値を一旦外においてみませんか。それは相手を知る上で貴重な情報ですが、それが一番重要ではありません。大切なのは、その組織や担っている業務に対してどれだけ「やる気・真剣」に取り組んでいるかです。
「周りが自分をそんな風にフラットに見てくれない」という人もいるでしょう。そうしたら先ずは自分が周りを見る目を変えてみましょう。相手を分かりやすく表示している記号に惑わされずに相手の「熱意」を見ましょう。
新しい未来は新しい視点から始まります。
レジリエンスラボ ウチダ 内田早恵 2026年6月28日





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